キャメラマンが監督に苦言を呈した「このシーンに4台のキャメラでは足りません.キャメラを増やしてください.」
監督は答えた「ここには既に無数のキャメラがあると私が言ったとしても驚くに当たらない.今あるもので十分である.」
後に公開されたその作品は,事実,無限と永遠を得た.
2013年12月17日火曜日
2013年10月8日火曜日
死者について(on twitter @rahumj)
目の前の死者の中に,命を見出した者は,それを賛美するであろう.その生命を永遠のものとするために,彼は彼に命を与えた.故に彼は消え,彼は現れる.
自分は生きていると信じている死者は多い.
死者には死が見えない.故に命も見いだせない.
死者が命を求めて死者をむさぼる時,死は彼を支配するであろう.死者が命を求めて生者をむさぼる時,命は彼を支配するであろう.そして生者は,彼によって生き続けるであろう.
自分は生きていると信じている死者は多い.
死者には死が見えない.故に命も見いだせない.
死者が命を求めて死者をむさぼる時,死は彼を支配するであろう.死者が命を求めて生者をむさぼる時,命は彼を支配するであろう.そして生者は,彼によって生き続けるであろう.
2013年10月1日火曜日
2013年9月24日火曜日
2013年9月17日火曜日
十字架を下ろして(on twitter @rahumj)
自分の十字架を背負う者は,時としてその十字架を重みとしてのみ知覚し,十字架の意味を忘れてしまうことがある.
だから時にはその十字架を下ろし,自分の目の前に立てて,その十字架にかかっている自分を見つめる必要がある.
その恐るべき自分の姿を受け入れられなければ,生命に至ることはできない.人はそれに何を見出すのか.喜びか?それとも恐怖か?
喜びは生命の本質であり,エネルギーである.それは眼前の死を突き抜けて,生命を先の方へと進める.
その姿に憧れ,また現実にそうなることが決まった時,激しい喜びを感じた人々が過去にはいた.
喜びによって死を突き抜けていった人々は,今も我々の中で生き続け,語りかけてくる.彼らはこれからも,残された人々に語り継がれ,無限の未来を生き続けていくであろう.
だから時にはその十字架を下ろし,自分の目の前に立てて,その十字架にかかっている自分を見つめる必要がある.
その恐るべき自分の姿を受け入れられなければ,生命に至ることはできない.人はそれに何を見出すのか.喜びか?それとも恐怖か?
喜びは生命の本質であり,エネルギーである.それは眼前の死を突き抜けて,生命を先の方へと進める.
その姿に憧れ,また現実にそうなることが決まった時,激しい喜びを感じた人々が過去にはいた.
喜びによって死を突き抜けていった人々は,今も我々の中で生き続け,語りかけてくる.彼らはこれからも,残された人々に語り継がれ,無限の未来を生き続けていくであろう.
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