2014年1月14日火曜日

てんかん者・統合失調症者に見られる神秘主義的宗教者としての適性(木村敏「心の病理を考える」を読んで)

 先日,超自然的現象・体験の脳内幻覚説に触れた.そこで思い出されるのが,てんかん患者や統合失調症患者に見られる神秘主義的宗教者としての適性だ.最初に断っておくが,超自然的現象(客観的現象)と,超自然的体験及び神秘体験(主観的体験)は全く異なる.

 ここでは,病に苦しみ,「生きにくさ」を感じているてんかん患者や統合失調症患者が,なぜ超自然的体験や神秘体験を経験しやすいのかについての,科学的機序についてまとめておく.主な情報源は Wikipedia と引用・参考文献である.なお引用・参考文献の著者木村敏(精神医学者,精神病理学者)は,日本の精神病理学第2世代を代表する人物である.また引用は一部自分が修正・加筆している.正確な引用内容は引用・参考文献を直接当たられたい.

 まず統合失調症患者の世界認識(妄想)について.
 妄想とは,その人が現実に生きていく為の手段の一つである.従ってその妄想を取り除くと患者は生きていく術を無くしてしまう為,薬品で妄想を押さえ込んでしまうと自殺することもある.
統合失調症患者の世界認識(妄想)は
多くの統合失調症患者にとって,周囲の対人的世界とは,不自然であり何者かによって作られた作為的な世界である.多くの患者はその不自然の背後に,他者の策謀を想定する.
患者は常に,自分に押し寄せてくる世界に囲まれており,その世界と戦っている.

 これは
病前から「自我形成」が不十分で(*),自我の個別性が確立しておらず,自我境界が不鮮明であるためだ.
そのため自我の周囲の世界は,常に「押し寄せてくる」「浸潤してくる」ように感じられ,圧倒的に不利と思われる絶望的かつ孤独な「自我防衛戦争」に患者はかき立てられるのである.(*:これは統合失調症の直接的原因ではなく,症状を悪化させる因子と考えられる)

 自我形成が不十分となった理由は,多くのケースで,最初の人間関係である母子関係に原因が求められそうである.例えばダブルバインド機能不全家族アダルトチルドレン等である.これは次のように比喩されるだろう.
  • 「乳離れ」出来なかった
  • 「子宮」から出られなかった(母との一体感)
  • 「卵」を割ることが出来なかったヘッセデミアン」,ドラマ「TRICK」冒頭,アニメ「少女革命ウテナ」)

 その統合失調症患者の妄想には 

「電波」によって他者から常に先回りして命令(他者→自我)してきたり,「電波」によって自分の考えが他者に前もって筒抜け(自我→他者)になっているというものもある.
これも不鮮明な自我境界によるものだろう.

 統合失調症患者にとって生きる上での最大の困難とは,
他者と自己の間に横たわる深淵,すなわちこの絶望的な「すきま」を,「すきま」としてあるがままにあらしめながら,それに耐え抜き,その事実を担い通す事である.
多くの患者はその恐るべき「深淵」の存在を認められずに苦しむのである.

 また別の病前傾向として
  • 大人の世界のしきたりや常識に反抗し,経験の裏付けのない高い理想を追い求め,自分の存在のウエイトを未来においている
  • 直観に優れ,抽象的な思考を好む
  • 自分の可能性を大切にする
  • 全体を把握することが苦手
  • 言語の比喩的含意の理解を苦手(文字通り受け取る傾向)
がある.

 つまり統合失調症患者は病前から,未来に生を見出している.それは現状の生に著しい困難を感じており,未来に希望を見出し,それを先取りして生きることで,その困難を克服しようとするためだろう.

 おそらくその未来においては,あの恐るべき「深淵」は完全に解消されており,自我と世界は渾然一体となっている(神秘的合一).それでいながら,世界はかつてのように自我を抹殺する意志を持たず,むしろ逆に愛と平安と光に満ちあふれており,その中に自我を迎え入れてくれるはずなのだ.

  アメリカのTVドラマ「LOST」の登場人物ジョージ・ミンコウスキー(*)のモデルとなった思われるウジェーヌ・ミンコフスキー(精神医学者, 1885-1972 )は,
統合失調症の成因的障害として「現実との生命的接触の喪失」を挙げた.また精神疾患における時間のあり方を生命論的に論じた.つまり精神病を「時間の障害」として理解した.例えば鬱病者における生命的時間の停滞などがある
と考えた.(*:彼はドラマ中,自己意識が頻繁に過去や未来にタイムスリップし,意識を現時間に定位できなくなり,鼻血を出して死亡した)

 このような統合失調症患者の特徴は,明らかに,超自然的体験事例や神秘的体験事例との親和性がある.おそらく精神医学も抗精神病薬も存在しない時代においては,彼らを宗教へと導く決定的な体験だった可能性も十分にある.

 ちなみに
統合失調症患者と覚醒剤中毒患者の症状は似ているが,後者は周囲の世界との過剰なまでの密着を残している点で全く異なる.

 現在,統合失調症の発症確率は,100人に1人と言われており,比較的高確率であるが, 信仰を持つ者は実際には激減している.これはもちろん精神医学や精神薬理学の発達によって,統合失調症が重症化しにくくなったためだろうが,科学的知識の普及,社会構造や文化の変化も当然大きいと思われる.

 かつて統合失調症の主な受け皿は宗教だと思われるが,現代ではその近代的な代替が様々な形で存在する.つまり現代において,統合失調症は,単なる病気に「格下げ」されてしまい,その聖性を失ってしまったと言えるだろう.それは次に触れる「てんかん」も同様である.

 それではてんかん,特に「覚醒てんかん」について簡単にまとめてみる.

 ちなみにリドリー・スコットのSF映画「ブレードランナー」の原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」やグノーシス主義的神秘主義とSFを融合させた作品「ヴァリスなどで有名なSF作家フィリップ・K・ディック,「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」の文豪フョードル・ドストエフスキーもてんかん患者であった.

 まず最初に述べておくことは,
ある種の精神病において,急性の精神症状が起こった後の安静時に,てんかんと同じ脳波が発生する.この現象を持つ人の性格行動は覚醒てんかん患者と同じ
 であることだ.覚醒てんかんとは,
内因性のてんかんであり,その患者の性格や行動は,周囲と一体化しようとする傾向や,自分の内面をそのまま外部に表出しようとする傾向が強く,現在置かれている状況以外のことは無頓着.個別的自己が宇宙全体の超個人的生命力に飲み込まれ,アクチュアリティがリアリティをまるごと飲み込んでしまう忘我的エクスタシーに入りやすい. 
というもの.

以下に引用文献に挙げられていた概念をまとめておく.
  • クリティカ
    所与の個別的対象に対して弁別的理性を働かせ,その真理性について判断を下す技術.
  • トピカ
    多くの所与を綜合的に概観し,それらのあいだに働いている意味関連を発見し,問題の所存=トポスがどこにあるか見抜く技術.妄想はトピカの異常.
  •  リアリティ
    事物的対象的現実. 私達が勝手に作り出したり,操作できない既成の現実.クリティカにより判断している現実.
  • アクチュアリティ
    対象的認識では捉えられず.関与している人のアクティブな行動によって対処する以外にないような現実.身を持って経験しトピカを働かせて,生命的意味を捉えている現実.科学はアクチュアリティが扱えない.
てんかんには,意識喪失する数秒前にアウラと呼ばれる前兆現象が,患者により感覚される.アウラには
現世的時間の断絶と,現在の刹那における永遠の体験がある.個人の主体の個別性を保証している「いま」の時間規定が,ここの個体の区別を超えた永遠の「時間」に押し流され,個人の自己と宇宙大の自然との合一が体験される.ここでは生の歓喜と死の恐怖は,完全に区別を失う.それはひとつの祝祭.
 という特徴がある.ここで体験されている「絶対者との合一=神秘的合一」こそは,マイスター・エックハルトに代表されるキリスト教神秘主義のみならず,様々な神秘主義が目指す目標の一つである.

 アウラに「祝祭」を見出した木村敏は,
祭りの日に,人々は日常を抜け出し,生命のほとばしる永遠の現在という非日常に入る.祝祭が死に近いのは,全体が個を吹き飛ばしてしまうため.停滞する日常の時間を破壊し,生命的時間を取り戻す儀式.
とも述べている.

 だとすると,てんかん患者は,一種の司祭とも言えるのだろう. さらに付け加えれば,側頭葉てんかん患者においては発症後,「哲学的になる」「愛情深くなる」という現象が見られ,臨死体験体脱体験を含む超自然的体験も増えるとされている.
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引用・参考文献:木村敏心の病理を考える」岩波新書, 1994

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