年老いた睡眠障害の母が見ていたその番組は,NHKスペシャル 2007年10月22日放送の『100年の難問はなぜ解けたのか ~天才数学者 失踪の謎~』の再放送だった.それは1904年以来数学上の大問題となっていた ポアンカレ予想 の証明に関する一般向けの番組だった.
それはちょうど,アメリカの壇上における ポアンカレ予想 の証明解説のシーンだった.壇上に立った証明者である ロシアの数学者グリゴリー・ペレルマン(1966-,フィールズ賞を受賞したが辞退)の採用したそのアプローチは全く驚くべきものであった.彼は純粋数学の証明において,物理学を用いたのだ.
全くの理性・論理の産物であるはずの数学上の問題が,物理世界の法則の援用を受けて証明されるという驚異.物理学の道具であるはずの数学が,数学の道具となり得るという事実は,何を意味するのか?
その3次元ポアンカレ予想の証明により,閉じた3次元宇宙(3次元閉多様体)の形は,球体を含むいくつかのパターン(8つ以内の幾何構造)に分類されることになる.ただし宇宙マイクロ波背景放射の研究成果から,「宇宙は閉じておらず平坦である」とする説が現在有力とのことだ.
自分が,今この時間(注:2013/12/10 3:36AM)にこの ポアンカレ予想 に関するツイートを,いわば強行しているのは,先ほど受けた知的衝撃から来るものでは,実はない.あまりにも悲しかったからだ.
ポアンカレ予想 の偉大な証明者であるペレルマン のその後を知ったとき,自分は,あの無限を数えた数学者カントールの悲劇的な生涯を思い出したのだった.その信仰(ルーテル)ゆえに無限を研究し,それ故に攻撃され,また証明に裏切られて,ついには精神病院で息を引き取ったカントール.
ポアンカレ予想の証明者ペレルマンは,誉れ高きフィールズ賞を辞退し,クレイ数学研究所が懸けていた証明懸賞金1億円の受領も拒否し,アカデミズムの世界から完全に引退したのみならず,いわゆる「引きこもり」となってしまった.現在は母の年金で生活しているという.
番組後半では,ペレルマン の師に当たる人物が,彼の先行きを案じ,懸命の接触を試みるというドキュメンタリーとなっている.だがその接触はペレルマン 自身によって拒絶されてしまった.
あの不完全性定理のゲーデル は,精神を病んだ上で餓死.アーベル群のアーベル は,論文が査読されず放置され,評価されぬまま肺結核で死去.26歳.ガロア理論のガロア は,逮捕投獄を経験した上,出所直後の決闘で負傷し,放置されて20歳で死んだ.
数学者なら必然的に悲劇的人生を歩むというわけでは決してないが,この数学史に名を残し,人類に貢献したと言っても過言ではないペレルマンの現状には胸が締め付けられる思いだ.Wikipediaの彼の写真を見ていると,どことなく幼さと純粋さがにじみ出ており,涙を誘う.
だから今から自分は,ペレルマンさん,あなたのために祈ります.ただ祈ります…
…2つだけ付け加えておこうと思う.1つは,ペレルマンの用いた物理学援用の証明方法がポアンカレ予想の唯一の証明であるとは証明されていないこと.つまり純粋数学内での証明の可能性が残されていると言うこと.
もう一つは,チューリングマシンで数学者としてだけで無く,計算機科学分野でも著名なチューリングが,同性愛の罪で逮捕され,その後青酸カリで自殺したこと.
補足情報:
この番組の内容は文庫本になっています.内容は番組とほぼ同じようですので,番組を見た方は買う必要は無いかもしれません.
春日 真人(NHKディレクター)
「100年の難問はなぜ解けたのか―天才数学者の光と影」 (新潮文庫, 2011年)
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