RahumJ:キリストと共に
聖書を読んで思ったことや考えたこと.クリスチャンとして思ったことや考えたこと.
2013年12月18日水曜日
声(on twitter @rahumj)
彼が最初に求めたのは,彼の「声」であった.それはボアネルゲス的声,すなわち預言者的声である.
声は声の主を知らなかった.理解する力もなかった.しかし声の主はそれをよしとした.声の無理解は,彼の思惟の透過的伝達を可能にした.声は,声の主を「見て」,深く愛した.故に声は声の主に忠実であろうとしたが,声の主が「見えなくなる」と,声は声の主を見捨てた.
声の主が去った後,彼の声は世界の中で永遠に残響している.それはあの最初の声たち,ボアネルゲス的声が非常に大きかったからだった.
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